2015年 03月 06日
人には、生きていれば、蓋をして、忘れたい過去がある。
ただし、それは個人的な事。
でも、人には、人として、忘れてはいけない過去がある。
東北地方太平洋沖地震による福島原発事故は、たった4年前の3月の事。
でも、それから2年が経ったある日、日本の事情を全て把握している国の代表者が、こんな
事を言った。
“フクシマについて、お案じの向きには、私から保証をいたします。
状況は、統御されています。
東京には、いかなる悪影響にしろ、これまで及ぼしたことはなく、今後とも、及ぼすことはありません”
そう、2020年東京オリンピック誘致の為のプレゼンで…。
私には、その大規模な原発事故が、たった2年で、安全なものになったとは思えなかったが、これは、私が勝手にそう思い込んでいるのかもしれない。
あまりにも長い間、日本に帰国しないせいで、日本の技術力のさらなる進歩を、知らないだけなのかもしれない。
でも、それから、あの悲惨な事故から、もうすぐ4年目を迎えようとしている今年の2月。
インターネットで、こんなニュースを読んだ。
東京電力は24日、福島第1原発2号機の原子炉建屋の屋上にたまった高濃度汚染水が、雨どいなどを伝って排水路に流れ、一部が外洋に流出したと発表した。この排水路では昨年4月以降、放射性物質濃度の上昇が確認されていたが、東電は濃度のデータを約10カ月間公表せず、国にも報告していなかった。(毎日新聞)
こんな危険な状況を10カ月間も放置していた状態について、東電側のコメントは「原因調査をして、結果がでてから公表しようと考えた」
これは、いい加減な調査をしない、実に慎重な企業というべきなのか?
それとも、10カ月もかかるほど、大変な事態だったというべきなのか?
10ヶ月前....って事は、2014年の4月には、1号機~4号機の脇を通る排水路の排水口で降雨量の多い時に高濃度の汚染水が発見されたって事なんだろう。
東京オリンピックのプレゼンは、2013年の9月だった筈。
という事は….
“私が保証します!”と世界に向けて大豪語して、1年も経っていない。
しかも、この方が“私が保証します”と言った言葉は、いくら“私”という個人を示す言葉を用いても、個人的発言ではなく、国としての発言として解釈されるだろう。
「ついうっかり、思ってもいなかった事を発言してしまいました」では、済まされない。
世界に向けてのプレゼンの為に、明らかにできもしない嘘をついてまで、東京にオリンピックを誘致する意味は、どこにある?
こういう人を、代表者として選ぶ国…。
もう、私には、分からない…。
今から30年以上も前のある日、ある商品企画の為にコラボしていたある会社のクリエーターチーフの方に、次の商品の動向を伺ったことがあった。
すると、その人は、次の流行についての分析を色々話してくれた後、こんな事を言った。
「日本人の“しこうを変えるのは、実は、すごく簡単なんですよ。
物が流行るのは、全て社会的な原因や理由があるんですよ。
それを一つの波に乗せる為に、視覚だけじゃなく、聴覚、嗅覚といった5感を刺激するような
仕掛けを作るんです。
そして、そんな仕掛けを、あからさまではなく静かに広めて行くっていうか…。
実は、今、流行しているXXや○○も、そんな仕掛けで生まれたんですよ」
CMによるサブミナル効果は、今では、当たり前のように知られているが、その頃は、そんな風に人の潜在的な部分に訴えるやり方は、まだそんなに知られていなかったから、その当時流行っていたものが、そんな理由があって、仕掛けられたものだったと聞いてビックリした。
お話を伺っているうちに、その方が言った“しこう”は、“嗜好”を意味するものだと思いながら、だんだん“思考”を意味しているんじゃないかという気がしてきた。
そこで、若さの特権で、思い切って聞いてみた。
すると、その方、ニヤリと笑ってこう言った。
「嗜好も簡単なら、思考も....でしょう」
その言葉が、何十年経ってもズンと心の奥に残って、何かというと浮上してくる。
そう言えば、2020年の東京オリンピック運動も、その運動に必要な国民の意思が過半数に満たなかったと、何かで読んだ。
そこで、誘致に必要な数字を作る為に、急遽ロンドンオリンピックで活躍した選手による凱旋パレードを仕掛けたら、あっさり70%になったんだとか…。
そして、長い海外生活を終え、今では日本で生活している友人が、先日、3年ぶりに旅行で来た。
彼女が言うには、今、日本では、やたら、日本礼賛のTV番組が増えたらしい。
「昔は、何でもかんでも外国礼賛だったから、日本の国の良さを、日本人はもっと知るべきじゃないかって、思っていたけれど、今度はあまりにも多すぎて…」と、言った。
かつて仕事でご一緒したかのクリエーターの人は「何かを見せたくない時に、それから目を
そらさせる為に、違うものへの流れを作る」とも言っていた。
もしかして、これは、世界に向けてやってしまったあの大嘘のプレゼンから、目をそらせる為の仕掛けなのだろうか。
そして、忘れてはいけないものが、もう一つ。
それは、戦争の悲劇だ。
“2度と戦争をしたいとは思わない、あんな悲劇は嫌だ!”
と、70年前に、日本人の誰もが思ったんじゃないだろうか。
それが、最近の日本を見ていると、いつの間にか、違う方向へ流れを進めているようとしか
思えないのだ。
あなたの生まれ育った国を守る為、あなたの愛する人を守る為とか、人の感情の弱い部分に訴えるような言葉を並べ、これでもかの映像+これでもかの情緒的な音楽で訴える。
“そうよネ、そうよネ、誰も死にたいとか、殺したいなんて思わなかったのよね…
でも、仕方なく…よね。そうしないと、生きていけない時代だったんだわ”
悪いのは敵、悪いのは時代....そんな風に、誘導して行っているような気がしてならない。
“勝てば官軍、負ければ賊軍”という言葉があるが、勝つという事は、単に敵という物体化した人間ではなく、愛する人や家族から、ちゃんと名前で呼ばれていた人達を殺した結果によって得たもの。
そして、戦争は、負けた側だけにダメ―ジをもたらすのではなく、勝った方の人達の心にも
大きな傷痕を残すというのは、多くの研究者によって実証されている。
心に傷が残らないのは、自分は安全な場所にいて、ああだこうだという人間だけだ。
誰だって、怪我をしたら痛いでしょう。
誰かが亡くなったら、悲しいでしょう。
戦争経験者じゃなくても、想像できる事は、沢山ある。
だから、経験していないから分からない....なんて言わないで、想像しなきゃね。
そして、いつの間にか、こうなってしまった...なんていう言い訳の時代には、したくないわ。
そんな事を思った、春とは名のみの風の冷たい日。
ただし、それは個人的な事。
でも、人には、人として、忘れてはいけない過去がある。
東北地方太平洋沖地震による福島原発事故は、たった4年前の3月の事。
でも、それから2年が経ったある日、日本の事情を全て把握している国の代表者が、こんな
事を言った。
“フクシマについて、お案じの向きには、私から保証をいたします。
状況は、統御されています。
東京には、いかなる悪影響にしろ、これまで及ぼしたことはなく、今後とも、及ぼすことはありません”
そう、2020年東京オリンピック誘致の為のプレゼンで…。
私には、その大規模な原発事故が、たった2年で、安全なものになったとは思えなかったが、これは、私が勝手にそう思い込んでいるのかもしれない。
あまりにも長い間、日本に帰国しないせいで、日本の技術力のさらなる進歩を、知らないだけなのかもしれない。
でも、それから、あの悲惨な事故から、もうすぐ4年目を迎えようとしている今年の2月。
インターネットで、こんなニュースを読んだ。
東京電力は24日、福島第1原発2号機の原子炉建屋の屋上にたまった高濃度汚染水が、雨どいなどを伝って排水路に流れ、一部が外洋に流出したと発表した。この排水路では昨年4月以降、放射性物質濃度の上昇が確認されていたが、東電は濃度のデータを約10カ月間公表せず、国にも報告していなかった。(毎日新聞)
こんな危険な状況を10カ月間も放置していた状態について、東電側のコメントは「原因調査をして、結果がでてから公表しようと考えた」
これは、いい加減な調査をしない、実に慎重な企業というべきなのか?
それとも、10カ月もかかるほど、大変な事態だったというべきなのか?
10ヶ月前....って事は、2014年の4月には、1号機~4号機の脇を通る排水路の排水口で降雨量の多い時に高濃度の汚染水が発見されたって事なんだろう。
東京オリンピックのプレゼンは、2013年の9月だった筈。
という事は….
“私が保証します!”と世界に向けて大豪語して、1年も経っていない。
しかも、この方が“私が保証します”と言った言葉は、いくら“私”という個人を示す言葉を用いても、個人的発言ではなく、国としての発言として解釈されるだろう。
「ついうっかり、思ってもいなかった事を発言してしまいました」では、済まされない。
世界に向けてのプレゼンの為に、明らかにできもしない嘘をついてまで、東京にオリンピックを誘致する意味は、どこにある?
こういう人を、代表者として選ぶ国…。
もう、私には、分からない…。
今から30年以上も前のある日、ある商品企画の為にコラボしていたある会社のクリエーターチーフの方に、次の商品の動向を伺ったことがあった。
すると、その人は、次の流行についての分析を色々話してくれた後、こんな事を言った。
「日本人の“しこうを変えるのは、実は、すごく簡単なんですよ。
物が流行るのは、全て社会的な原因や理由があるんですよ。
それを一つの波に乗せる為に、視覚だけじゃなく、聴覚、嗅覚といった5感を刺激するような
仕掛けを作るんです。
そして、そんな仕掛けを、あからさまではなく静かに広めて行くっていうか…。
実は、今、流行しているXXや○○も、そんな仕掛けで生まれたんですよ」
CMによるサブミナル効果は、今では、当たり前のように知られているが、その頃は、そんな風に人の潜在的な部分に訴えるやり方は、まだそんなに知られていなかったから、その当時流行っていたものが、そんな理由があって、仕掛けられたものだったと聞いてビックリした。
お話を伺っているうちに、その方が言った“しこう”は、“嗜好”を意味するものだと思いながら、だんだん“思考”を意味しているんじゃないかという気がしてきた。
そこで、若さの特権で、思い切って聞いてみた。
すると、その方、ニヤリと笑ってこう言った。
「嗜好も簡単なら、思考も....でしょう」
その言葉が、何十年経ってもズンと心の奥に残って、何かというと浮上してくる。
そう言えば、2020年の東京オリンピック運動も、その運動に必要な国民の意思が過半数に満たなかったと、何かで読んだ。
そこで、誘致に必要な数字を作る為に、急遽ロンドンオリンピックで活躍した選手による凱旋パレードを仕掛けたら、あっさり70%になったんだとか…。
そして、長い海外生活を終え、今では日本で生活している友人が、先日、3年ぶりに旅行で来た。
彼女が言うには、今、日本では、やたら、日本礼賛のTV番組が増えたらしい。
「昔は、何でもかんでも外国礼賛だったから、日本の国の良さを、日本人はもっと知るべきじゃないかって、思っていたけれど、今度はあまりにも多すぎて…」と、言った。
かつて仕事でご一緒したかのクリエーターの人は「何かを見せたくない時に、それから目を
そらさせる為に、違うものへの流れを作る」とも言っていた。
もしかして、これは、世界に向けてやってしまったあの大嘘のプレゼンから、目をそらせる為の仕掛けなのだろうか。
そして、忘れてはいけないものが、もう一つ。
それは、戦争の悲劇だ。
“2度と戦争をしたいとは思わない、あんな悲劇は嫌だ!”
と、70年前に、日本人の誰もが思ったんじゃないだろうか。
それが、最近の日本を見ていると、いつの間にか、違う方向へ流れを進めているようとしか
思えないのだ。
あなたの生まれ育った国を守る為、あなたの愛する人を守る為とか、人の感情の弱い部分に訴えるような言葉を並べ、これでもかの映像+これでもかの情緒的な音楽で訴える。
“そうよネ、そうよネ、誰も死にたいとか、殺したいなんて思わなかったのよね…
でも、仕方なく…よね。そうしないと、生きていけない時代だったんだわ”
悪いのは敵、悪いのは時代....そんな風に、誘導して行っているような気がしてならない。
“勝てば官軍、負ければ賊軍”という言葉があるが、勝つという事は、単に敵という物体化した人間ではなく、愛する人や家族から、ちゃんと名前で呼ばれていた人達を殺した結果によって得たもの。
そして、戦争は、負けた側だけにダメ―ジをもたらすのではなく、勝った方の人達の心にも
大きな傷痕を残すというのは、多くの研究者によって実証されている。
心に傷が残らないのは、自分は安全な場所にいて、ああだこうだという人間だけだ。
誰だって、怪我をしたら痛いでしょう。
誰かが亡くなったら、悲しいでしょう。
戦争経験者じゃなくても、想像できる事は、沢山ある。
だから、経験していないから分からない....なんて言わないで、想像しなきゃね。
そして、いつの間にか、こうなってしまった...なんていう言い訳の時代には、したくないわ。
そんな事を思った、春とは名のみの風の冷たい日。
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by kanafr
| 2015-03-06 02:53
| 日本、日本人への思い
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