2018年 03月 17日
母との思い出と共に思い出したデザイナー
|
決して、その人の名前を忘れた訳ではなかったのに、久しぶりに開いたこの本...

昔、母は「ディオールも良いけれど、私が一番好きなのはジバンシィ」とよく言っていました。

(本より画像お借りしました)
そんな事を思い出しながら、久しぶりにこの本を手に取ったのは、オートクチュール全盛期の最後の大御所であったユベール・ド・ジバンシィが、3月10日に91歳で亡くなったというニュースを読んだからでした
オードリー・ヘップバーンの映画の服は、ジバンシィがデザイン...というのは、今では有名な話ですが、母の時代には、映画の主演者だけに興味を持ち、衣装担当が誰であるかなど、知ろうともせずに見ていたんじゃないかと思います。

(本より画像お借りしました)
でも、後日何かで知ると「素敵な服だわ!って思っていたら、やっぱり、ジバンシィだったわ!」と、なぜか自慢げに言っていた母を思い出します。

(本より画像お借りしました)
ジバンシィの名前を、ファッションが好きな人達だけでなく、ファッションとは全く無縁だった人達の間にまで広めたのは、オードリー・ヘップバーンだったと思いますが、ジバンシィを成功に導いたもう一人の人がいたことを知ったのは、感じのいい
販売員の方からお勧めいただいたこの本でした。
ジバンシィの才能に惚れ込み、彼がメゾンを立ち上げた時には、モデルだけでなく、広報を担当しショーの裏方迄勤めたという当時フランスでは人気モデルとして多くの人を魅了していたベッティーナ・グラツィアーニ。
そして、彼女がモデルにもなったルネ・グリュオのファッションイラストが、さらにジバンシィの地位を不動のものにしたのだと思います。

(本より画像お借りしました)
あの頃、ファッションは好きでも一般人だった母に「なぜ、この人のデザインが好きなの?」と聞くと「甘すぎず、キリっとした品がある」と言っていました。
でも、もしかしたら、母は、そのデザインだけでなく、ユベール・ド・ジバンシィの顔が好みだったのかもしれませんけど...。

(画像お借りしました)
ファーストファッションが全盛な今の時代、誰もが、お気軽にお手軽に、流行の服を手に入れる事ができるようになりました。
その結果、物が溢れすぎ、余計に混迷している時代になったような気がします。
少し前までは、ガリアーノの奇抜過ぎる!と思うデザインにも、今迄の概念を打ち
破るようなハッとした新しさや美しさがありました。
それは、ディオール展でも感じたように、決して伝統的なものを否定している訳ではなく、基礎をキチンと学んでからの独創的なデザインだったからだと思います。
でも、今のブランドの中には、ブランド名の強みだけで奇抜さだけが先走って“一体、誰が着るの!?”と思ってしまうようなものもあります。
ユベール・ド・ジバンシィは、デザイナーの服をプレタポルテ化し、誰にでも買えるようにした時代を作った一人だそうですが、今のファッションについて批判的だったと何かの記事で読んだ事がありました。
もしかしたら、過去のオートクチュールの黄金期の時代を忘れられず、今の時代に
ついて行けない人の言葉と取る人もいるでしょう。
でも、今のファッションは、「可愛い!」と言う言葉は聞こえても「素敵!」と言う言葉は聞こえてこない物が、多くなっているような気がします
時代の流れといってしまえば、そうなんでしょうが、ジバンシィと共に、シックや
エレガンスという言葉も一緒に消えて行ってしまったような...。
「特別な素材と途方もない才能で仕立てられた、シンプルな細身のドレスと一組の
イアリング以上に美しい装いはないでしょう」と、ジバンシィのミューズであった
オードリーの言葉が、今、一番、着る事に対して、必要なんじゃないかと思った日
でした。

(本より画像お借りしました)


そんな事を思い出しながら、久しぶりにこの本を手に取ったのは、オートクチュール全盛期の最後の大御所であったユベール・ド・ジバンシィが、3月10日に91歳で亡くなったというニュースを読んだからでした
オードリー・ヘップバーンの映画の服は、ジバンシィがデザイン...というのは、今では有名な話ですが、母の時代には、映画の主演者だけに興味を持ち、衣装担当が誰であるかなど、知ろうともせずに見ていたんじゃないかと思います。

でも、後日何かで知ると「素敵な服だわ!って思っていたら、やっぱり、ジバンシィだったわ!」と、なぜか自慢げに言っていた母を思い出します。

ジバンシィの名前を、ファッションが好きな人達だけでなく、ファッションとは全く無縁だった人達の間にまで広めたのは、オードリー・ヘップバーンだったと思いますが、ジバンシィを成功に導いたもう一人の人がいたことを知ったのは、感じのいい
販売員の方からお勧めいただいたこの本でした。
ジバンシィの才能に惚れ込み、彼がメゾンを立ち上げた時には、モデルだけでなく、広報を担当しショーの裏方迄勤めたという当時フランスでは人気モデルとして多くの人を魅了していたベッティーナ・グラツィアーニ。
そして、彼女がモデルにもなったルネ・グリュオのファッションイラストが、さらにジバンシィの地位を不動のものにしたのだと思います。

あの頃、ファッションは好きでも一般人だった母に「なぜ、この人のデザインが好きなの?」と聞くと「甘すぎず、キリっとした品がある」と言っていました。
でも、もしかしたら、母は、そのデザインだけでなく、ユベール・ド・ジバンシィの顔が好みだったのかもしれませんけど...。

ファーストファッションが全盛な今の時代、誰もが、お気軽にお手軽に、流行の服を手に入れる事ができるようになりました。
その結果、物が溢れすぎ、余計に混迷している時代になったような気がします。
少し前までは、ガリアーノの奇抜過ぎる!と思うデザインにも、今迄の概念を打ち
破るようなハッとした新しさや美しさがありました。
それは、ディオール展でも感じたように、決して伝統的なものを否定している訳ではなく、基礎をキチンと学んでからの独創的なデザインだったからだと思います。
でも、今のブランドの中には、ブランド名の強みだけで奇抜さだけが先走って“一体、誰が着るの!?”と思ってしまうようなものもあります。
ユベール・ド・ジバンシィは、デザイナーの服をプレタポルテ化し、誰にでも買えるようにした時代を作った一人だそうですが、今のファッションについて批判的だったと何かの記事で読んだ事がありました。
もしかしたら、過去のオートクチュールの黄金期の時代を忘れられず、今の時代に
ついて行けない人の言葉と取る人もいるでしょう。
でも、今のファッションは、「可愛い!」と言う言葉は聞こえても「素敵!」と言う言葉は聞こえてこない物が、多くなっているような気がします
時代の流れといってしまえば、そうなんでしょうが、ジバンシィと共に、シックや
エレガンスという言葉も一緒に消えて行ってしまったような...。
「特別な素材と途方もない才能で仕立てられた、シンプルな細身のドレスと一組の
イアリング以上に美しい装いはないでしょう」と、ジバンシィのミューズであった
オードリーの言葉が、今、一番、着る事に対して、必要なんじゃないかと思った日
でした。

■
[PR]
by kanafr
| 2018-03-17 13:41
| 美容、ファッションに関する事
|
Trackback
|
Comments(6)
夫が新聞を読んでいて
「ジバンシィってしてる?なくなっているよ」
「オードリーの映画の衣装は彼のデザインが多かったのよ
端正な顔で、素敵なデザイナー、、えっ?91歳?」
さすがにkanaさんのお母様ですね。
ジバンシィをご存知でファンだったなんて、、
「ジバンシィってしてる?なくなっているよ」
「オードリーの映画の衣装は彼のデザインが多かったのよ
端正な顔で、素敵なデザイナー、、えっ?91歳?」
さすがにkanaさんのお母様ですね。
ジバンシィをご存知でファンだったなんて、、

ジバンシイが亡くなって、不謹慎ですが、数年のうちに大々的な
回顧展(パリで)が企画されるのではないかと期待してしまいました。
回顧展(パリで)が企画されるのではないかと期待してしまいました。
whitelacenonyoさん 今日は
あの当時、日本ではカルダンが全盛でしたが、母はカルダンが好きではなく、ジバンシィは、母から教わったデザイナーでした。
今は廃番になったみたいですが、ジバンシィⅢも、母の大すきな香りでした。
いい時代が、こうやって少しづつ消えて行くのかと思うと寂しいですね。
あの当時、日本ではカルダンが全盛でしたが、母はカルダンが好きではなく、ジバンシィは、母から教わったデザイナーでした。
今は廃番になったみたいですが、ジバンシィⅢも、母の大すきな香りでした。
いい時代が、こうやって少しづつ消えて行くのかと思うと寂しいですね。
kamikoさん 今日は
2015年にはマドリッドで、去年はパリではなくフランス北部のカレで回顧展があったようですが、ジバンシィは、アルノー氏率いるLVMHグループの傘下ですから、私も、数年後には、回顧展をパリでやるんじゃないかと思っています。
亡くなった方を忘れない事は、最高のご供養といいますから、ファッション混迷に時代に警鐘を鳴らす意味でも、ジバンシィは喜んでくださるんじゃないかと、勝手に解釈しています。
2015年にはマドリッドで、去年はパリではなくフランス北部のカレで回顧展があったようですが、ジバンシィは、アルノー氏率いるLVMHグループの傘下ですから、私も、数年後には、回顧展をパリでやるんじゃないかと思っています。
亡くなった方を忘れない事は、最高のご供養といいますから、ファッション混迷に時代に警鐘を鳴らす意味でも、ジバンシィは喜んでくださるんじゃないかと、勝手に解釈しています。

うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!
「ジバンシィが亡くなった」のニュースに接し
Kanafrさんはどういう記事をお書きになるのか
気になっておりました。
それが!
母上の想い出と共に!だったのですね。
「一般人だった」と評してらっしゃいますが
とても一般の日本女性とは思えませぬ。
その高い美意識が
とても綺麗なままで Kanafrさんへ受け継がれ
ているのを感じます。
それを読ませて頂ける、我ら読者は ここで
ジバンシィへの哀悼の意 と母上様へ感謝を
捧げないと いけませんね。
「ジバンシィが亡くなった」のニュースに接し
Kanafrさんはどういう記事をお書きになるのか
気になっておりました。
それが!
母上の想い出と共に!だったのですね。
「一般人だった」と評してらっしゃいますが
とても一般の日本女性とは思えませぬ。
その高い美意識が
とても綺麗なままで Kanafrさんへ受け継がれ
ているのを感じます。
それを読ませて頂ける、我ら読者は ここで
ジバンシィへの哀悼の意 と母上様へ感謝を
捧げないと いけませんね。
すっとこさん 今晩は
バタバタしていて、なかなかすぐには記事にできずだったんですが、どういう記事を書くのか気にしていてくださったなんて嬉しいです。
あまりフランスのデザイナーの事など、全く分からずにいた小学生の私にジバンシィの名前をインプットしたのは、母でした。すごくお洒落な人という事はありませんでしたが、そこそこにお洒落な人だったんだろうなあと、今頃になって気づきました(苦笑)
沢山の有難いお言葉をいただき、本当に感謝しています。
有難うございました。
バタバタしていて、なかなかすぐには記事にできずだったんですが、どういう記事を書くのか気にしていてくださったなんて嬉しいです。
あまりフランスのデザイナーの事など、全く分からずにいた小学生の私にジバンシィの名前をインプットしたのは、母でした。すごくお洒落な人という事はありませんでしたが、そこそこにお洒落な人だったんだろうなあと、今頃になって気づきました(苦笑)
沢山の有難いお言葉をいただき、本当に感謝しています。
有難うございました。