2015年 08月 13日
“解雇”と言えば、“失業”。
“失業”と言えば、“失業保険の手続き”
...で始まった私の7月。

実は、この国での“失業保険”の受給は、初めてではありません。
今回解雇された会社に入社する前に、期限付き雇用契約で働いた会社が数社ありました。
ただし、勤続年数は、その数社合わせても1年半あるかないかでした。
この頃、この国で働いて失業保険を貰う...なんて想像もしていなかった私。
それなのに、どこの会社でも契約終了時になると手渡される失業保険の為の書類。
「これって、行った方がいいんでしょうか?」なんてバカな質問をして、辞める会社の経理の
マダムから苦笑され「まぁ、貴女が決める事ですからねぇ。でも働いたんだから、当然の権利でしょ?働いた期間分は、受給できる筈よ」と、半ば押された感じで、それぞれの会社の契約終了時にいただいた書類を持って行ったのが、フランスの失業保険事務所ASSEDIC。
今以上に何も分からなかった失業初心者の私でしたから、受付のマダムから言われるままにその数社から渡されていた書類を恐る恐る提出しました。
「アラ、これは、関係ないわね。こっちも…」と、せっかく提出したのに、それらの書類を区分けされ、受付のマダムから言われたのは、私の場合、受給該当社は1社のみで、申し渡された受給期間は7ヶ月でした。
働いたからといって、誰でも彼でも失業保険を受給できる訳ではなく、受給には条件があるという事を、その時、初めて知りました。
今、その事を思い出して、あれは一体何だったのかと、ググってみたら、ありましたわ。
その受給条件。
過去28ヶ月間に4ヶ月以上、または610時間以上就労し保険料を納めた人って事でした。
でも、フランスの場合、実際“労働契約期間3ヶ月”という仕事もかなり多いのが実情です。
さらに1日数時間のパートタイムの仕事だったら、610時間クリアできるかどうか...。
“失業しているけれど、失業保険を貰えない人が多い”理由が、今、ようやく分かりましたわ。
もっともそういう人達には、違う援助があるそうですけどね。
そして、次に行くように指示されたのは、職業安定所のANPE。
ここでは、仕事の紹介だけでなく、再就職ができる為のキャリアアップの為の講習-例えば語学とかパティシエ等の案内もしてくれました。
研修期間は、やはり失業期間にあわせて決められ、確か私の場合は2ヶ月と言われたと思います。
当時は、まだ現在のようにパソコンが普及していませんでしたので、職探しは、直接ANPEに出向いてファイルで探すか、ANPEから電話で再就職のご案内がありました。
その再就職のご案内で、日本人の友人が経験したおかしな話…
。
わたしの友人は、すでに2年も失業状態でした。
失業受給期間もそろそろ終わりに近づき、焦っていた彼女。
今まであれこれ選んでいた職種でしたが、ある日の面談で“仕事の職種は、特に希望なし”と言ったところ、早速連絡があり、紹介された会社に履歴書を送って、ようやく面接にこぎつける事ができたそうです。
交通の便の悪いところでしたが、提示されたお給料がまあまあだったせいか、面接する人も多かったようで、部屋に通され面接の順番を待つことになりました。
でもそういう時って、どんな人が来ているんだろうと気になりますよね。
同じ失業者といえども、ここではライバルですもの。
でも、周りは、男性ばかり。
そこで、彼女は、面接でアピールするとしたら、女性としての利点を言おうかしら?と、この
待ち時間の間、色々考えていたんだそうです。
さて、いよいよ来ました彼女の番。
でも、部屋に通された彼女を見て、面接担当者の方が思いっきり怪訝な顔をしながら言った言葉が「あれ!?ムッシュは?もしかしてご一緒にいらしたんですか?」
一瞬、何を言われたのか分からなくなったそうですが、ここで引き下がったら、ダメ!と自分を奮いたたせ「御社の仕事を、是非したいと思いまして…」と答えたところ、顔も見ず、履歴書もろくに見ないその面接担当者から言われたのが「イヤイヤ、ダメです。無理ですよ、マダム。
お帰り下さい」
“通勤所要時間も伸ばし、希望職種の壁もなしにして、やっとつかんだこの面接”と思ったら、猛烈に腹が立って来た彼女、その失礼な面接者に理由を聞いたそうです。
そこで分かったのが、この会社の業務内容は、建築会社であり、募集していたのは、現場で身体を使って働く筋肉マンの方達。
だから、面接の部屋に体格がいい男性が溢れていたんだと分かり、もう大笑いだったそう。
「それにしても、どうしてこんな間違いが!?」と聞くと、どうやら失業保険事務所の担当者が性別記入のミスをした書類をそのままにしていて、次の担当者に回してしまったらしい。
「私もねぇ、最初に、この会社の紹介の電話がかかってきた時、ムッシュと呼びかけられて、アレ!?って思ったんだけど、単なる言い間違いだと思ったのよね」と言っていました。
フランス人にとっては、名前だけでは性別が分からず、手書きだったから起きたミスだったのかも…。
きっと今なら、PCへの入力ミスがない限り、こんな事は起きなかったでしょう。
当時、失業初心者で、何も分からず右往左往している私に「こんな事もあるんだから、絶対、仕事は、何でもいいなんて言ったらダメよ。色々仕事の紹介が来るけれど、イヤならイヤってハッキリ言った方がいいわ。でも、拒否の理由が理屈にあってないと担当者が判断したら、即受給が打ち切られるから気をつけてね」と忠告をしてくれたのが彼女でした。
そして、遂に私にも、再就職の仕事の斡旋の電話がきました。
でも、やった事のないその仕事は、正直言ってしたい仕事ではなく、場所も遠過ぎる....
断りたい。でも断るにしても単なる我がままと思われないようにしないといけない。
もし、うまく断らなかったら「貴女、仕事を選んでいる場合ですか!?手当を打ち切りますよ」と言われるかも...。
“ああ、どうしたらいいの?”で、頭の中はパニック!
“もう、受給を打ち切られてもいいわ”と半ば自棄になり「その仕事は経験がなく、又、興味が持てませんし、会社の場所も遠過ぎます」と、ドキドキしながら、そのまんま言いましたらね。
「アッそう、そう言えば、そうね。じゃあ、又ね」でした。
斡旋してきた仕事に対しての時間をかけた熱心な説明に比べて、断った時の返事のアッサリ感は、一体なんなのでしょうか?
さらに「ところで、ヴァカンスはいつ取りますか?」の質問が…。
エ―――――ッ!!ヴァカンスを取ってもいいんですか!?


若い頃、日本で失業保険を貰った事がありましたが、失業保険事務所の方から「お休みは
いつ頃にしますか?」なんていう質問を受けた事なんぞありませんでした。
“休みたい”なんていう考えは、持たず..というより、持ってはいけない、とにかく1日も早く
仕事を見つけて働きなさい!失業=遊んでる...が、世間の皆様の雰囲気だったような…。
“ヴァカンスを取ってもいいんでしょうか?それより働け!じゃないかしら?”と思った私は、もろ働き蜂の日本人でしたわ。
さらに、月1回、失業保険事務所からは、その月の仕事状況がどうだったかの申告用紙が
送られてくるので、記入して送り返すと受給されるという事になっていました。
ある日、ルーブル美術館に行った時に、窓口での案内を見て、これ又ビックリ!
その月末の申告用紙の半分は“失業者証明”を兼ねていて、それを窓口に提出すると、何と入場無料とありました。
さすが芸術の国!失業者といえども、芸術を楽しみなさいという事ですね。
そんな7ヶ月の失業期間を過ぎ、今回、解雇された会社に就職し、11年半経って、再び失業しましたが、あの時あったASSEDIC とANPEが一緒になり、今はPole emploiとなったんだそう。
今年は去年よりドーンと失業者が増え、4月の時点で過去最高の353万人だそうですが、
この11年半で、色々やり方も変わっている事も、多いでしょうね。
でも、ヴァカンスへのお勧めや美術館無料入場は、多分、変わっていないでしょう。
新たに始まった私の失業生活...。
さて、どうなるでしょうか。
“失業”と言えば、“失業保険の手続き”
...で始まった私の7月。

今回解雇された会社に入社する前に、期限付き雇用契約で働いた会社が数社ありました。
ただし、勤続年数は、その数社合わせても1年半あるかないかでした。
この頃、この国で働いて失業保険を貰う...なんて想像もしていなかった私。
それなのに、どこの会社でも契約終了時になると手渡される失業保険の為の書類。

「これって、行った方がいいんでしょうか?」なんてバカな質問をして、辞める会社の経理の
マダムから苦笑され「まぁ、貴女が決める事ですからねぇ。でも働いたんだから、当然の権利でしょ?働いた期間分は、受給できる筈よ」と、半ば押された感じで、それぞれの会社の契約終了時にいただいた書類を持って行ったのが、フランスの失業保険事務所ASSEDIC。
今以上に何も分からなかった失業初心者の私でしたから、受付のマダムから言われるままにその数社から渡されていた書類を恐る恐る提出しました。
「アラ、これは、関係ないわね。こっちも…」と、せっかく提出したのに、それらの書類を区分けされ、受付のマダムから言われたのは、私の場合、受給該当社は1社のみで、申し渡された受給期間は7ヶ月でした。
働いたからといって、誰でも彼でも失業保険を受給できる訳ではなく、受給には条件があるという事を、その時、初めて知りました。
今、その事を思い出して、あれは一体何だったのかと、ググってみたら、ありましたわ。
その受給条件。
過去28ヶ月間に4ヶ月以上、または610時間以上就労し保険料を納めた人って事でした。
でも、フランスの場合、実際“労働契約期間3ヶ月”という仕事もかなり多いのが実情です。
さらに1日数時間のパートタイムの仕事だったら、610時間クリアできるかどうか...。
“失業しているけれど、失業保険を貰えない人が多い”理由が、今、ようやく分かりましたわ。
もっともそういう人達には、違う援助があるそうですけどね。
そして、次に行くように指示されたのは、職業安定所のANPE。
ここでは、仕事の紹介だけでなく、再就職ができる為のキャリアアップの為の講習-例えば語学とかパティシエ等の案内もしてくれました。
研修期間は、やはり失業期間にあわせて決められ、確か私の場合は2ヶ月と言われたと思います。
当時は、まだ現在のようにパソコンが普及していませんでしたので、職探しは、直接ANPEに出向いてファイルで探すか、ANPEから電話で再就職のご案内がありました。
その再就職のご案内で、日本人の友人が経験したおかしな話…

わたしの友人は、すでに2年も失業状態でした。
失業受給期間もそろそろ終わりに近づき、焦っていた彼女。
今まであれこれ選んでいた職種でしたが、ある日の面談で“仕事の職種は、特に希望なし”と言ったところ、早速連絡があり、紹介された会社に履歴書を送って、ようやく面接にこぎつける事ができたそうです。
交通の便の悪いところでしたが、提示されたお給料がまあまあだったせいか、面接する人も多かったようで、部屋に通され面接の順番を待つことになりました。
でもそういう時って、どんな人が来ているんだろうと気になりますよね。
同じ失業者といえども、ここではライバルですもの。
でも、周りは、男性ばかり。
そこで、彼女は、面接でアピールするとしたら、女性としての利点を言おうかしら?と、この
待ち時間の間、色々考えていたんだそうです。
さて、いよいよ来ました彼女の番。
でも、部屋に通された彼女を見て、面接担当者の方が思いっきり怪訝な顔をしながら言った言葉が「あれ!?ムッシュは?もしかしてご一緒にいらしたんですか?」

一瞬、何を言われたのか分からなくなったそうですが、ここで引き下がったら、ダメ!と自分を奮いたたせ「御社の仕事を、是非したいと思いまして…」と答えたところ、顔も見ず、履歴書もろくに見ないその面接担当者から言われたのが「イヤイヤ、ダメです。無理ですよ、マダム。
お帰り下さい」

“通勤所要時間も伸ばし、希望職種の壁もなしにして、やっとつかんだこの面接”と思ったら、猛烈に腹が立って来た彼女、その失礼な面接者に理由を聞いたそうです。
そこで分かったのが、この会社の業務内容は、建築会社であり、募集していたのは、現場で身体を使って働く筋肉マンの方達。

だから、面接の部屋に体格がいい男性が溢れていたんだと分かり、もう大笑いだったそう。
「それにしても、どうしてこんな間違いが!?」と聞くと、どうやら失業保険事務所の担当者が性別記入のミスをした書類をそのままにしていて、次の担当者に回してしまったらしい。
「私もねぇ、最初に、この会社の紹介の電話がかかってきた時、ムッシュと呼びかけられて、アレ!?って思ったんだけど、単なる言い間違いだと思ったのよね」と言っていました。
フランス人にとっては、名前だけでは性別が分からず、手書きだったから起きたミスだったのかも…。
きっと今なら、PCへの入力ミスがない限り、こんな事は起きなかったでしょう。
当時、失業初心者で、何も分からず右往左往している私に「こんな事もあるんだから、絶対、仕事は、何でもいいなんて言ったらダメよ。色々仕事の紹介が来るけれど、イヤならイヤってハッキリ言った方がいいわ。でも、拒否の理由が理屈にあってないと担当者が判断したら、即受給が打ち切られるから気をつけてね」と忠告をしてくれたのが彼女でした。
そして、遂に私にも、再就職の仕事の斡旋の電話がきました。
でも、やった事のないその仕事は、正直言ってしたい仕事ではなく、場所も遠過ぎる....
断りたい。でも断るにしても単なる我がままと思われないようにしないといけない。
もし、うまく断らなかったら「貴女、仕事を選んでいる場合ですか!?手当を打ち切りますよ」と言われるかも...。

“ああ、どうしたらいいの?”で、頭の中はパニック!

“もう、受給を打ち切られてもいいわ”と半ば自棄になり「その仕事は経験がなく、又、興味が持てませんし、会社の場所も遠過ぎます」と、ドキドキしながら、そのまんま言いましたらね。
「アッそう、そう言えば、そうね。じゃあ、又ね」でした。
斡旋してきた仕事に対しての時間をかけた熱心な説明に比べて、断った時の返事のアッサリ感は、一体なんなのでしょうか?

さらに「ところで、ヴァカンスはいつ取りますか?」の質問が…。
エ―――――ッ!!ヴァカンスを取ってもいいんですか!?



若い頃、日本で失業保険を貰った事がありましたが、失業保険事務所の方から「お休みは
いつ頃にしますか?」なんていう質問を受けた事なんぞありませんでした。
“休みたい”なんていう考えは、持たず..というより、持ってはいけない、とにかく1日も早く
仕事を見つけて働きなさい!失業=遊んでる...が、世間の皆様の雰囲気だったような…。
“ヴァカンスを取ってもいいんでしょうか?それより働け!じゃないかしら?”と思った私は、もろ働き蜂の日本人でしたわ。
さらに、月1回、失業保険事務所からは、その月の仕事状況がどうだったかの申告用紙が
送られてくるので、記入して送り返すと受給されるという事になっていました。
ある日、ルーブル美術館に行った時に、窓口での案内を見て、これ又ビックリ!
その月末の申告用紙の半分は“失業者証明”を兼ねていて、それを窓口に提出すると、何と入場無料とありました。
さすが芸術の国!失業者といえども、芸術を楽しみなさいという事ですね。

そんな7ヶ月の失業期間を過ぎ、今回、解雇された会社に就職し、11年半経って、再び失業しましたが、あの時あったASSEDIC とANPEが一緒になり、今はPole emploiとなったんだそう。
今年は去年よりドーンと失業者が増え、4月の時点で過去最高の353万人だそうですが、
この11年半で、色々やり方も変わっている事も、多いでしょうね。
でも、ヴァカンスへのお勧めや美術館無料入場は、多分、変わっていないでしょう。

新たに始まった私の失業生活...。
さて、どうなるでしょうか。
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by kanafr
| 2015-08-13 14:01
| 仕事に関する出来事
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